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僕の名前は澤田直人、56歳。
群馬県太田市の近郊で学習塾を営んでいる。
顔写真を掲載してもよいのだが、見たところで面白くはあるまい。
少なくとも、僕は面白くはない。「壁に貼って皆で笑う」のは
バカボンのパパだけにしておこう。ということで、早速始めることにしよう。
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2.2005年4月20日 入院3ヶ月後まで
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 1.2004年12月8日 入院まで
ぼくは油絵を描いていた。
すると、手足に赤い発疹ができ、やがて、それが角質化してやぶれ、痛みはなかったが、いかにも汚い。

絵の具の古い油にかぶれたのかとも思ったが、ひょっとしたら水虫かも知れない。
家族が感染しては大変である。ぼくはやむなく、皮膚科に行くことにした。ぼくの数少ない取り得は健康なことである、と当時、ぼくは信じていた。

近隣の医師が健康管理のため月2回、父母を診察することになっていたが、ぼくは殆ど顔を会わせた事すらなかったくらいである。むしろ、自分は健康でなければならない、従って、健康であるはずだ。

それは、病気を恐れる余りの信仰だったのかも知れない。というのは、ぼくは当時、体調を崩し気味で、食欲不振、疲労感、下痢などが断続的に続いていたのであるから、健康どころの話ではなかったのである。

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しかし、母や妹が帯状疱疹に罹り、ぼくも太ももに湿疹ができたので、てっきり、同じ病気に罹ったものと判断し、そのくせ医者にかからなかったものだから、その影響が抜けないのだろう、やがて、治癒するものだと安易に考えていた。

健康神話と決別し、皮膚科で診てもらおうと言うと、妻はついでに血液検査をしてもらった方がよいだろうと言う。
妻は、ぼくの指の爪に赤みが無く、目の内部下側も赤みが薄いので、おそらく貧血だろうという。

皮膚科に行くと、医者はぼくの手足を眺めると、途方に暮れた様子で、小声で梅毒の可能性はないかどうか尋ねた。心当たりがないと答えると、とりあえず、角質化した皮膚を治療する薬を塗布することとし、後は、血液検査をやって、様子をみようということになった。

二、三日後の夕方、皮膚科の病院から、血液に異常があるので、紹介状を書くから、至急、総合病院で詳しく診察してもらうようにという電話がきた。翌日、皮膚科に行くと、念のため、小水を採るように言われ、外見からは判然としないが、小水の状態もきわめて悪いことが確認された。

とりあえず、近くの総合病院に行き、最初、皮膚科で診察を受け、原因不明と診断され、腎臓が悪いのは言うまでもないが、ひょっとしたら、内臓に悪性腫瘍ができている可能性もあることと告げられた。腎臓が悪いからといって手足の表皮がこんなにも角質化することはない。

内臓にできた悪性腫瘍の影響が体表に及んでいるかもしれないというのである。
続いて、泌尿器科。症状は、慢性腎不全であり、エコー撮影検査によって、腎臓がすでに判別できないくらい萎縮していることが判明した。医者の話だと小さい時、何らかの病気に感染し、その時から既に慢性腎不全の症状を呈していたのではないかという。思い当たることといえば、小学校時代に罹ったしょう紅熱くらいのものだが、本当のところは分からない。

馬鹿馬鹿しいことだが、ぼくは慢性腎不全と聞いた瞬間、穏やかな症状を想像した。今後、食事が厳しく制限されるだろうくらいに思ったのだ。だから、今、すぐにも透析をしなければならないと聞いたとき、すぐには、その意味が理解できなかった。

医師によると、一刻の猶予もならない状態にあるという。医師は、すぐに入院して透析しなければ、生命を保証しかねないというのだ。しかし、台風が接近中だったし、仕事の整理もつけなければならない。即日の入院は辞退して、ひとまず帰宅した。
ひょっとすれば、様態が急変するかもしれない、とりあえず、透析の用意はしておくから、その場合は、救急車で来院することにし、翌日、入院する約束をして家に帰り、仕事を整理し、台風に備えて家の周りを片付けて、厭々、入院の用意をした。

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病院に行くと、早速、首に透析をするための管(カテーテル)が取り付けられた。首に穴を開け、心臓近くにまで達する管を取り付けるのである。手術は、医務室のベッドの上で行われた。30分ほどの簡単なもので、殆ど痛みはなかった。

通常は、腎機能が次第に落ちていくので、腕を使って血液透析をするためにシャント(透析をするための十分な血流量を確保するために、本来、途中でつながっていない皮下の浅い部分の手首の動脈と静脈をつなぎ合わせる手術を行い、静脈に動脈血が流れるようにしたもの)を作るのが普通だと言うが、そんな時間的余裕はなかったのである。

首にカテーテルが取り付けられると、早速、透析室で、透析治療が始められた。カテーテルを通して、体内の血液を毎分200ccほどの割合で枕もとにある濾過器(ダイアライザー)に取り込み、3時間、濾過するのである。ダイアライザーは、白色だから、血液が流入すると赤くなる。

ダイアライザーに付属している2本の菅の中で血液が、鼓動に合わせるかのように、濾過中、ずっと、振動している。透析室には沢山の患者がいて、番号のついたベッドは1メートル弱の間隔で2列に並べられている。だから、前後左右、至るところにダイアライザーが設置されていることになる。

従って、目を開けていれば、透析中、嫌でも、血液を眺めていなければならない。自分周囲のあちこちで、鼓動にあわせてゴボゴボ沸きたっているような血液は異様な風景で、実は今でも慣れる事ができない。

透析を受けた結果は素晴らしいものであった。効果は直ぐに現われた。手足に変化はなかったが、下痢が止まり、口の周囲の皮膚が白く荒れていたのだが、それがたちまち元に戻った。
食欲も増え、頭のふけは消え、吐き気も消えた。透析をすることで、自分の腎機能がいかに損なわれ、いかに自分が健康状態から程遠い状態にあったのかが分かった。 
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